月さえも眠る夜〜闇をいだく天使〜

18.星見の間〜ジュリアスとゼフェル



ジュリアスは星見の間にひとり佇んでいた。
外はいまだ続く嵐のため、ここ以外では星は見えない。
星をただ見るためだけにここへ来るのは、あの時以来か。
ジュリアスは思う。
それは、先代女王の即位の儀の夜。
自分のした事は間違ってはいなかったと思いつつも、心が痛まずにはいられなかったあの日。
クラヴィスはどんな気持ちで。
かつて愛した少女の命を奪った虚無の空間へ、同じ名の少女を見送ったのだろう?
次元回廊の前にひとり佇むクラヴィスの姿を見た。
気遣うように、少し離れた所に立つリュミエールに、あれからずっと?と尋ねてみると水の守護聖は悲しげに頷くだけだった。
声を掛けようにも、掛ける言葉がみつからない。
いつものように喧嘩でもふっかけてみたら、あの憎々しげな態度で、やる気のない、それでいて嫌みな答えが返ってきただろうか?
心に過ぎるいいようのない痛みを吹っ切るように彼は軽く頭をふる。
―― この私があの者の心配をするとは、いったいどうしたことか。
第一、気にした所で現状の改善の役に立つわけでもないではないか、と夜空を見上げる。

常に最善を尽くしてきたつもりだ。
時には自分の感情を押し殺し、仲間さえ傷つけた。
その結末がこれか。
もしも、あの時、森の湖の約束をそのまま伝えていたならば、あるいは彼らに別の運命があったかもしれない。
そして、この宇宙にも。

後悔、しているのか?私は。

エドゥーン
昔、ここで自分のことを、ソンな性格の奴だ、と笑った友人。
自分と同じく五才という幼さで聖地の土を踏み、十代のうちにこの地を去った、風の守護聖。
「そなたがいたら、何というかな。この光の守護聖を見て……」
教えて欲しいと、彼は思った。己の望むままに、風のように駆け抜け生きた友人に。
自分は、どうするべきだったのか。
―― 後悔など、あの時意外は。そなたを失ったあの時意外は、せぬと思っていたが。

「何してんだよ。こんなトコロでおめーはよお」
そのぞんないな言葉づかいに、たった今考えていた友人の口調を思い、まさか、と振り返る。
「な、なにそんなに驚いてるんだ?見られてわりーことでもしてたのかよ」
いつも冷静な態度を崩さない――クラヴィスの前以外で――光の守護聖の意外な反応にゼフェルが不思議そうに言う。
ひらっと、シンボルの神鳥像の台座に腰掛けると足をふら付かせ、彼はなんとなく話す。
「なんかよー、落ち着かなくてよ。べ、別に心配なんかしてねーぜ。あのノーテンキ、何があったって、どうにかなっちまったりするわけねーもんな。でも、なんか、落ち着かなくってよ。星でも見っかなって」
その様子にいつもなら眉をひそめていたはずのジュリアスが、ふ、と笑みをこぼす。
「いや、私も同じだ。何となく、落ち着かなくてな」
げ、こいつ笑いやがった、と内心思いつつ、そっか、と小さく応じる。
そういえば、とジュリアスは思った。
「そなたの名は確か『風』という意味であったな」
ゼフェル ―― 西風の神ゼフィロスにちなんだ名。
「あん?」
いきなり何だ?やっぱ、今日のこいつはおかしい。でも、ま、いっか。こんなときだもんな。
と、彼も珍しく素直に応じる。
「あー、そうだ。でも『風』なんて言うとどっかのバカみてーで、オレはやだけどな。それがどうかしたのか?」
どっかのバカ、ジュリアスは苦笑する。
「いや、ランディの前任の風の守護聖の名がな、エドゥーンと言ったのだが、彼の出身の惑星語で『風』という意味だったそうだ」
「ふーん、風の守護聖が『風』ね」
「そなたと、そのぞんざいな言葉づかいがよく似ていたのでな、ふと思い出した。いつも飛び回って問題ばかり起こしていたが。その名の通りなにものにも囚われず、自由で、闊達で。私は彼を、うらやましいとさえ ―― 思っていた」
あまりに意外な言葉に暫く黙っていた少年は静かに言う。
「おめーさ、もうちっと周りの人間頼ったっていいんじゃねーか?」
これまた意外な少年の言葉に深い蒼穹の瞳を向ける。
「何でもかんでも背負おうとしねーでさ。あんたはすげーよ。マジで。解かってっからよ。皆も。オスカーだってだからあんたについてくんだろうし、ルヴァも解かってるとおもうぜ。オリヴィエやリュミエール、マルセル、それに多分、クラヴィスだって」
オレも、と言いそうになる自分にあわてて、
「もっともあの熱血青春大バカヤローはよく解かってねえで、熱血してんのかもしれねえけどさ」
と、付け足した。
“何が”解かっているのだろう、と、説明の欠落した文体に軽い目眩を感じながらも、その気持ちは十分伝わってくる。
「そうか、そうだな。礼を言う。ゼフェル」
ここまでくると驚く気も失せたゼフェルは、だー、うぜってーなー、などと言いながら気まずそうに頭を掻くと空間の星を見やる。

「アンジェリークが帰ってきたらさ、なんか、この聖地も変わると思わねーか?
あんたもさ、何があったか知らねーけど、その時が来たらクラヴィスと一度今みたいに話してみろよ」

星がひとつ静かに流れた。
―― ルヴァが何故、この少年をかまうのか、ようやくわかった気がするな。
ジュリアスはそう思いながら言う。
少し冗談めいていて意地悪な、とても人間臭い笑みをうかべながら。
「ああ、努力してみるとしよう。そなたがランディと仲良くしようとするための努力と、同じ程度の努力をな」

「げろげろ〜」
ゼフェルの声が、星見の間に響いた。


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「余計なお世話その3」
どっかで、同じようなシーン読んだとそう思ったあなたは

〜闇をみつめる天使〜13・星見の間〜ジュリアスとエドゥーン参照